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様を見ろ。




 お前の言葉は何も
 何も、あてにならんやないか






 様を見ろ。







 絶対に来いと言ったのに。
 卓上に肘をつき、窓の外に広がる暗闇を見据える。ぽつぽつと光る星々とまん丸い月を見上げて、翼宿は溜息を吐いた。
 絶対に、今日中に、必ず来いと言ったのに。あれ程力強く念を押したのに、約束は呆気なく反故にされた。
 昔からそうだ。彼はいとも簡単に約束を破る。真顔で嘘を吐く。真意をはぐらかす――まるで、そうするのが当然で正しいことなのだとでもいうように。 
 どうかしている。
 何だか急に馬鹿馬鹿しい気持ちになった。もう待つのを止めて寝てしまおうかと思ったが、酒を仰いで堪える。それでは相手の思うツボだ。
 彼は恐らく、期待されるのが怖いのだ。
 だから約束を破る。真顔で嘘を吐く。真意をはぐらかす。まるで、自分はその程度の人間なのだと訴えるように。
 どうかしている。
 ――知り合ってもう何年経ってると思ってんねん……。
 生死を賭した戦いを生き残り、失態と過去を覗き合って、もう何年経つというのだ。
 未だに腹を割れないとでもいうのか。

「……なんで俺とお前が生き残ったんやろうな」

 青龍七星士たちとの戦いや、戦争で死んでいた方が楽だったのではないだろうか。特に彼は。
 もはや宿命も目的も何もない。あるのは膨大な時間と自由だけだ。そしてそれは、彼には少々酷なのではないかと翼宿は思う。
 翼宿には厲閣山がある。仲間がいる。家族もいる。みんな自分を必要としてくれている。安定した、確固たる居場所が、確かにある。朱雀七星士というものの他に。
 だが彼には何もない。否、何もなくはないかもしれないが――恐ろしく少ない。
 指標もなく自由に生きるのは、とても困難なことだ。
 鍛錬の一環であると言われたら反論のしようもないが、翼宿に言わせれば正直な話、くそくらえである。
 独りであることは決して誇れることではないし、強いという証明にもならない。孤独は成長と遠い所にある。だから翼宿は敬遠する。 
 盃の酒を飲み干して、大きく息を吐いた。
 問題は――そんなこと全部ひっくるめて、彼は全て了承しているという点である。
 全部解ってやっているのだ、あの男は。
 どうかしている……!

「なんやお前、俺に軽蔑されたいんか! されたいならしたるわ! ――なんていうと思うかボケッ! 冗談やない……っ!」

 翼宿に残された手は一つ。
 彼の思い通りにさせないこと、だけだ。
 流れに逆らえば事態は新たな局面を迎える。
 ただ勿論、それすらも彼の想定の範囲内であると疑う必要はあるけれど。
 結局、掌の上で踊らされている――だけのような気もする。
 他人の心の裡など、本当のところは何もわからない。だから疑うだけ無駄なのかもしれない。
 それでも探ろうとするのは――仲間だからだ。
 そして、幸せに生きて欲しいからだ。
 利己的だろうが傲慢だろうが、そんなことはどうでもいい。押し付けがましいと言われても構わない。そんなことは本当にどうだっていいのだ。
 ――俺が我儘言うてあいつが幸せになれるんなら、安すぎやろうが。
 容易なことではないと知っている。だからこそ喚くのだ。
 決して喚けはしない、あの男の代わりに。
 ――阿呆なんは俺や。
 それもとうに理解していることだ。
 解りきった回答だけが視界を埋め尽くす。目を瞑って、新たな思索の芽を探すしかない。

「……なあ、井宿」

 顔だけで後ろを振り向いて、翼宿は言う。

「俺、もうあの時のお前と同じ年なんやで」

 天コウを倒してから五年――翼宿は二十四歳になった。
 それは初めて会った時の、彼の年齢。

「……早いもんやな」

 大人だと思っていたけれど、心はさして変わりない。
 だから諦観する他になかったのだと思う。
 あの時の彼は。

「理解だけは嫌になるくらいできるようになったんやで、俺やって」

 もう子供ではないから。

「それでも……あかんのか」

 低い声でぽつりと呟く。
 それでもお前は、俺の為に腹を割ってはくれないのか。
 祝福されてはくれないのか。
 この世に生を受けた日を。

「…………酷い奴」

 お前は平気なのか。
 こんなに人を傷つけて(、、、、、、、、、、、)

 頬杖をついて俯いていると、不意に照明が陰った。
 人影を確認して顔を上げる。
 そこには彼がいた。
 いつもの狐顔を、困ったように歪めて。

「……翼宿、オイラは……」
「攻児捕獲やあああああ!!!!」
「よっしゃあああああ!!!!」

 へ?、と呟いた井宿を、どこからともなく現れた厲閣山の副頭が後ろから羽交い絞めにする。
 え? は?! え?!、と動じている仲間を見やり、翼宿は声をあげて笑った。

「引っかかったなこの阿呆が! 誰がお前が来んくらいで落ち込むかっちゅうねん! ばーかばーか!」
「幻狼、わざと言うてるのは解っとるけどお前の方がめっちゃ阿呆っぽいで」
「やかましいわ!燃やすぞ!」
「た……翼宿、これは、一体、」
「ああ? お前が約束破った挙句に覗き見なんぞしとるから一芝居打ってやったんやないか。ったく、素直に時間通り来いや、飯冷めてもうたやないか」

 せっかく豪勢な料理といい酒を用意したのに。
 井宿が愕然と目を瞠る。

「っ……いつから気づいて……?」
「最初からに決まっとるやろ。お前なあ、さっきも言うたけど、俺もう二十四やねんで?」

 隠し通せるとか思う方がおかしいやろ。
 胸を張って言い放つと、井宿は固まってしまった。
 今更青くなってももう遅い。翼宿はとっくに『隠し通すことができる相手』なんかではないのである。
 今まで気づかなかったお前が――いや、俺の心の裡を探ろうとしなかったお前が悪いんじゃ、と翼宿は心内で悪態を吐いた。
 攻児があははと笑う。

「一本取られましたねえ井宿はん。これを機にいろいろ考えなおした方がええでっせ? どうせ厲閣山(うち)とは生涯の付き合いになるんやから。なあ、お頭」
「当たり前じゃ。死んだって追いかけたるから、覚悟せえ」

 押し付けがましいと言われようが、そんなことはどうでもいい。お前が俺を傷つけても平気だというなら、返す刀で斬るだけだ。
 そして体に刻み込ませる。
 お前は独りじゃないのだと。
 そして――この厲閣山と流浪の旅人を結ぶ縁は、どんなに腐っても、もう永遠に切れることはないのだと。
 ようやく正気に戻ったのか、井宿が引き攣った笑みを浮かべた。

「それは……ちょっと、本気で嫌なのだ……」
「嫌やなあ、井宿はんに拒否権なんてあるわけないやないですかあ。厲閣山の頭の言うことは、いつの代も『絶対』ですからね」
「ええこと言うやないか、攻児。その通りや、大人しく観念しい」

 そして大人しく喜びや、人の暖かさや、誰かとの触れ合いを受け入れろ。
 認めてしまえ。
 幸福を得られる可能性が、その手中に在ることを。

「……君には敵わないのだ」

 自嘲気味に呟く男を、眉を顰めて見つめる。

「何を真顔で嘘吐いてんねん」
「いや、本当に。それは……最初から、ずっと思っていたことなのだ」
「信じられへんな」
「本当なのだ、」
「信じて欲しいんか?」
「え?」
「なら、信じさせてみろや」

 勝手に誤解されたくないのなら。
 解らせたいのなら、話してみろ。

「言い訳でもなんでも、幾らでも聞いたるで?」

 にやりと笑んで七歳年上の仲間を見下ろす。
 それこそ、わざとらしく。

 頭を抱えた井宿が、小声で「性質悪くなったなあお前……」と呟いたのを耳に入れ、厲閣山の頭は大いに笑った。

 ――ざまぁみろ。

 大人しく、幸せになりやがれ。  
    
   
 
















 120911再録