1.三人
振り返ってみての、話だ。
俺とあいつと彼女は、いつも一緒だった。
常に笑顔が絶えなくて、喧嘩なんか滅多にしなかった。一緒にいるだけで嬉しかったし、楽しかった。そして幸せだった。
三人は、三人であるからこそ幸福を保てた。
どの一角も欠けてはならなかった。
だから。
その一角が呆気なく欠けてしまった時、俺は大層狼狽した。
三人は三人ではなくなった。幸福を保つ為の絶対的な条件が崩れ落ちた。
それは彼女が俺の許婚となった時点で、定められていた未来だったのかもしれない。
あいつが俺を裏切らなくとも、俺と彼女が一緒になれば、あいつは遠くへ行ってしまったかもしれない。
三人が三人ではなくなる。均衡が崩れる。結局は同じ結末を迎える。結局は、誰かが傷つく。
だけど俺はそんな未来なんか夢想だにしていなかった。
三人はいつまでも三人であると思っていた。確信も根拠もない。ただそうであるものだと思い込んでいた。
だから。
あいつに彼女を奪われた時、俺の心を支配したのは憎悪だった。
信じていたのに。好きだったのに。愛していたのに。
俺は彼女と同じくらい、お前のことが好きだった。
彼女もお前も愛していた。お前もそうでいてくれていると思っていた。
だけどそれは全て嘘だった。
俺は自分が二人に省かれた一角なのだと思った。疎外されたのだと思った。彼女を奪ったくせに何も言わないあいつの態度が、泣いて謝るだけの彼女の態度が、俺を孤独にさせた。
辛くて悲しくて、寂しくてやりきれなくて――怖かった。
俺は変質していく己の中身が怖かった。
今までの愛情はそれと同量の憎悪へと変化した。
問い質すしかないと、なけなしの理性が告げた。
平和的な解決を望んだ筈なのに、自らの手中には刃物があった。
それからのことはよく覚えていない。
ただ、困惑した顔つきで黙り続ける親友が只管に憎かった。
言い訳くらいして欲しかった。そういう男ではないと、知っていたけれど。
川の水が溢れて、親友が足を滑らせた時、ざまをみろと思った。それは確かにそう思った。
思った途端、俺は正気に戻った。
そして悟った。
俺は親友も彼女も失いたくなかった。二人を失うくらいなら、どのみち『三人』が終わるのなら――。
俺が消えてしまえば良かったんだ。
名を呼んだ気がする。小さな声で、親友の名を。
助けを求める親友の名を呼んだ。大きな声では呼べなかった。そんな権利はないと思った。
握った手が流れる水によって徐々に剥がされていくのを感じた。この手が離れてしまった後のことを想像する余裕はなかった。それでも絶対に離してはいけないと、本能が叫んでいた。
だが結局俺はその手を離してしまった。
流れに飲み込まれた親友の顔は見えなかった。離れてしまってから、俺はようやくその後のことを想像することができた。
死ぬ。
ただそう思った。
流木が眼に突き刺さったなんて、そんなことは言い訳にならないと思った。
事故だと思う前に、殺したと思った。俺が殺した。親友を、大好きだったあいつを。
俺は悟った。
三人の一角を削ったのは、親友でも彼女でもない。
俺だったのだということを。
071213