1、井宿誕生




 全身が悲鳴をあげる。あまりの痛みに耐え切れず、芳准は眼を覚ました。
 氾濫し続ける川、止まない豪雨の地を打つ音が頭に響く。
 開く右の眼で、芳准はぼんやりと変わり行く故郷の姿を眺めた。倒壊した家、横倒しになった木々、点々と倒れている人々。
 痛みを訴える身体を無理矢理起こして、芳准は愕然とした。己の身体が宙に浮いていたからだ。紅い気が球状になって芳准の身体を包み込んでいる。
 頭が状況を理解する前に、膝に強い痛みを感じた。破れた布の隙間から紅い字が見える。
 ――井。
 朱雀七星という単語が浮かび、消えてゆく。一瞬にして混乱した。
 何故だ。何故俺は守られている。
 ――どうして俺は俺を守る?!
 痛い。
 全身が悲鳴をあげる。
 訳が解らない。今すぐ消えてなくなりたいのに。家族の元へ、許婚の元へ、そして――親友の元へ行きたいのに。謝らなければならないのに。俺は、お前も好きで、大事で、だから本当は、殺す気なんか――。
 肉体に痛みが戻るにつれ、徐々に正気を取り戻す。決して開くことのない左目が現実を教えてくれる。
「いやだ」
 口について出たのはそんな言葉だった。
 芳准は震えながら暴れる川を見下ろした。
「いやだ……っ」
 刹那に、感情が爆発する。
「死なせてくれ」
 俺も、俺も皆の元へ逝かせてくれ。
 お願いだから。
「頼むから」
 膝に浮かび上がる『井』の文字が紅く光る。涙がぼろぼろと零れ落ちる右目で、芳准は呆然と朱雀七星の証を見た。
 聡い彼は理解してしまった。
 朱雀七星である自分は、朱雀の巫女が現れない限り、決して自らを殺すことはできないのだと。
 胸中に絶望が渦巻く。
 ただただ虚しさを全身に刻んでは、痛みが蘇る。
 悲しめば悲しむほどこの身を消したくなる。だが『井』の一文字は決してそれを許さない。
 許されないのだ。
 贖罪の代わりに死を選ぶことすら。
「あ……っあ」
 泣き叫ぶ力なんてもう、ないと思っていたのに。
 とっくに枯れた声が自らを追い詰める。
 吐き出しても吐き出しても溢れる嗚咽。
 吐き出しても吐き出しても溢れる絶望。

「ああああっ……!」

 その日、朱雀七星士の一人――井宿は、大声をあげて泣きながら生まれた。
 まるで赤子のように。
 
 












071213