6、流浪の旅人
朱雀の巫女の第一印象はずばり『見ていられない』だった。
巫女という語感から勝手に神秘的な女性を想像していたのだが、実際はまるで違う。異世界からやってきた巫女は、まだあどけない笑顔を浮かべる天真爛漫な少女だった。
よく笑うその明るい性格には好感を持てたが、いかんせん――まだ子供である。
井宿は大木の枝に座って、朱雀の巫女御一行の様子を窺っていた。
星宿――彩賁帝が七星士の一人であることは知っていたが、それ以外の七星士は初めて知った。思っていたよりもみんな若い。そして、幼い。
「わっ!」
「だあっ!」
耳元で大声が鳴って井宿は驚いた。
振り向くと、小さい女の子がピースサインを突き出して舌を出していた。
「にゃん! 驚いたね、井宿」
「娘娘? どうしたのだ」
にゃはは、と笑いながら娘娘が井宿の隣りに腰を下ろした。
「暇だったから遊びにきたね。井宿、美朱たちと合流しないね?」
「だ……。オイラは……」
こんなところで彼らと合流する気は井宿にはなかった。
まだ見つかっていない七星士が三人もいる。朱雀の巫女が彼らを全員見つけ出すまで、身を隠して裏から旅を支えていくつもりだった。今も朱雀の巫女を狙っていた倶東国の刺客を何人か倒してきたところだ。
「まだ合流する気はないのだが……」
はっとして顔を上げる。
忍び寄る邪悪な気が、また増えた。
「……刺客ね」
ぽつりと娘娘が言った。
「だー。しつこいのだ」
それともこれが戦略というものなのだろうか。倶東国がこの紅南の地を欲していることは風の噂で聞き知っていたが――。
――巫女の降臨は国の危機を示唆するもの……。
具体的な内容は想像したくない。だが――。
――……それも役目の……宿命の内か。
自分は恐らく朱雀七星士の中でも年配の部類だろう。己を偽って傍観を決め込むのは簡単なことだが、そんな恥を晒すような真似は出来ない。何故なら常にあの方が天から見守って下さっているのだから。
胸の前で印を組み、倶東の刺客の邪魔をしながら考える。
さて――彼らの前に現れる時、果たして何と名乗ろうか。
朱雀七星士? 風来の僧侶? 太一君の使者、あるいは弟子?
――オイラは……。
「井宿。いつだったか、太一君が言っていたね」
「え?」
振り向くと、娘娘はにっこりと笑って頭部のみ太一君に変化した。
「『迷った時は、一度突っ走ってみれば良いのじゃー!』……つまり、人間なんて後悔しない方が珍しいんだから、後悔を恐れる前に突っ切ってしまえばその内自ずと答えが……あれ?」
太一君のドアップを見せ付けられ失神しかけている井宿に、娘娘が「大丈夫ね?」と声をかける。
井宿は顔を押えつつなんとか「ああ」と返事をした。
「……そうだね。オイラは、少し臆病になっているのだ。色んな失敗と後悔を恐れて……」
誰かと深く接するのが、怖くて。
七星士の能力として様々な術を身につけ、太一君の修行に耐えて――完全とまではいかないが、自信と自尊心を取り戻した。
今の自分には六年前にはなかった力が在る。
誰かを守ることのできる力が。
「今後、七星士探しに進展が見られなかったらオイラが出て行くのだ。恐らく……それも運命の輪の一部なのだろう」
「それがいいね。で、何と名乗るね?」
師と同じく、この仙女は人の心を覗き見る力に長けている。
井宿は微笑して答えた。
「……流浪の旅人、なのだ」
それはどの共同体にも属していない証、孤独の証明。
自分は『朱雀七星士の井宿』であると胸を張って断言できる日は、果たしてやって来るのだろうか。
ふ、と隣りに据わっていた娘娘が笑みを零す。彼女は明るい表情を保って告げた。
「大丈夫ね」
貴方ならきっと。
何の根拠もない言葉だが、不思議と信じることができた。それは恐らく自分が心の底から太一君や娘娘を信頼している証なのだと井宿は思った。
されど相手は人ではない。
井宿は被っていた笠を被り直して、娘娘に言った。
「ありがとうなのだ」
それが今の自分が返せる精一杯の言葉だった。
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