ラスト・クリスマス




 クリスマスの街中は例年通り賑やかだった。
 広大なショッピングモールの広場には電飾でデコレーションされた大きなツリーが聳え立っている。それを横目で見ながら、俺は約束の場所へと歩みを進めた。
 ケーキの箱を小脇に抱えて、早足に人込みをすり抜けていく。中身はさっき買ったばかりのクリスマスケーキだ。
 うちの家は神社で、もちろん神道だから家族でクリスマスパーティをすることはない。だから俺は毎年、静かな家を抜け出して友達とささやかなパーティを開いている。
 別にキリストに宗旨替えをしたいわけじゃない。ただ、クリスマスを口実にして楽しい時間を過ごしたいだけだ。
 約束の場所は家の近くの公園。俺を含めて仲の良い幼馴染の三人が集まることになっている。
 ふと前方を見ると、まったく違う角度から幼馴染たちが歩いてくる姿が見えた。向こうも気づいたのか、足を速めて公園に向かう。
「一番!」
 公園に着いた三人が異口同音に叫んだ。
 俺たちは顔を見合わせると、次の瞬間大いに笑った。
「みんな時間ぴったりだな」
「でもこんなにぎりぎりになるとは思わなかったよ。芳准、仕事早く上がったのね」
「うん、思ったよりも簡単に片付いたから」
 俺の家の当主は代々陰陽師として、憑き物落としのような仕事を請け負っている。次期当主として父の跡を継ぐことになっている俺は、中学生の頃から仕事に携わってきた。
 それより、と向かい合っていた親友がぽつりと呟く。
「妙に嫌な予感がするんだが……」
「え?」
「俺たち、もしかしてみんな揃いも揃って同じもん持ってきたんじゃないか……?」
 俺は改めて二人の姿を確認した。みんな小さな箱を小脇に抱えている。
「……それ、ケーキ?」
「えっ。え、嘘、みんなケーキ買ってきたの?」
「やっぱりな……。飲みものにすりゃ良かった」
 甘いものがあまり得意でない親友は幾分かげんなりしている。
「まあ、いいじゃないか。俺と香蘭でなんとかするよ」
「そうね、みんなホールといっても小さそうだし、なんとかなりそう」
「あ、俺はブッシュ・ド・ノエルを買ってきたよ」
「きゃー、ほんと? 生クリーム? チョコ?」
「チョコだよ」
「やった、生クリームとどっちにしようか迷ってチョコは諦めたの。嬉しい」
「……止めてくれ。口の中が甘ったるくなってきた」
 口元に手を当てて親友がぼやいた。
 彼女と顔を見合わせて、俺たちはくすくすと笑う。
「暖かいコーヒーを買ってこよう。乾杯するんだ」
「何にだよ」
「んー……そうだなあ」
 ――いつまでも三人でいられますように。
 それじゃ願いごとか。
「今年も三人でいられたことに、かな」
「……お前けっこう恥ずかしい奴だよな」
 だって、本当に嬉しいんだよ。
 思わず神様に感謝してしまいたくなるくらい。
「いいじゃない、飛皋。そこが芳准のいいところなんだから」
「あー、はいはい。二人でやってろ」
「いじけてるの?」
「……あのな」
 二人の会話を聞きながら俺は口元を押さえて笑った。
 頭上には満天の星空。
 傍らには満天の笑顔。
「メリー・クリスマス」
 ――幸せだよ。
 今年もみんなと一緒だ。
 きっと来年も、それからもずっと。
 ずっと、一緒に。



 だけど願いは届かなかった。
 結局それが、三人で一緒に過ごした最後のクリスマスになった。
 あれから六年――独りにも慣れた。
 不意に右膝が疼く。
 きっと寒さの所為だ。
 そう決め付けて、俺は賑やかな街並みを通り過ぎた。













081225