至t山異聞 攻児伝

  後日談「一周忌」  



 
 お頭、お元気ですか。
 貴方のことですから――お空の上でも自分らしく、思う通りに在るのでしょう。
 それとももう此方に転生してきとりますか?
 また逢えたら、と……サイの兄貴じゃあありませんが、切に願っとります。
 感傷的なことを垂れ流して、情けへんことこの上ありませんが――今日ぐらいは許したって下さい。
 俺にとって貴方は神様のような人でした。
 これからもきっとそう在り続けるのだと思います。
 俺自身、過去との決着はまだついとりません。未だに悪夢を見ます。親父も消えたままです。己を許すことも、ほんまに、難しいです。
 せやけどお頭に頂いたものを、お頭が与えてくださった世界を、俺は、素直に、生きようと思います。
 幻狼の隣りで、至t山の副頭として、『攻児』として――俺は俺の生をまっとうしたいと思います。
 もしまた貴方に逢えた時に、貴方に胸を張れるように。


 
「なあ、攻児」
 黙祷を終えた至t山の副頭に、先代の元側近が声をかける。
「そういえばお前、あの時なんで笑ったんだ」
 ――あの時?
 首を傾げて元側近を――桓旺を見やる。
 桓旺は煙管を吹かしつつ「ほら」と言った。
「お前が魄狼に名前をつけてもらった時。あの時お前、爆笑しただろ」
 ああ、と側に居た済融が頷いた。
「そう言えばそうやったな。なんでや? 攻児」
 あの時――魄狼に『攻児』と名前をつけてもらった時。
 自分がこの山に来た時のことを懐かしく思い返しながら、攻児は「ああ……」と答えた。
「なんや……えらい、馬鹿馬鹿しいなと思うて」
「え?」
「あんな簡単なことで幸せになれるなんて、思ってへんかったから」
 ああ、なんだ。
 こんなに、こんなに簡単なことだったのか。
 心が温かくなる方法って、こんなに――。
 何も知らなかった自分が馬鹿みたいで、与えられた文字と気持ちが嬉しくて――気づいたら声をあげて笑っていた。
 ――救われたかったんや、ほんまは。
 でもそれはきっと、あの子だって――。
 ぽん、と頭の上に桓旺の大きな手が乗る。ぐしゃりと撫でられて、攻児は眉を顰めた。
「……オッサン、俺が幾つやと思うてんねん」
「なあに、俺らにとっちゃお前なんざ何時まで経っても餓鬼さ」
 にやりと笑む桓旺の後ろで、済融が笑いながら「せやなあ」と頷く。
「あの俺、今副頭なんすけど。下に示しがつかんからそういうのヤメテクレマセンカ」
「なして片言やねん」
「照れてんだろ」
「照れてへんわ……っ!」
「照れてんだろ。お前昔からずっと頭撫でられるの弱いじゃねえか」
「ここに来たばっかりの頃は撫でられる度に顔真っ赤にしてたもんな!
 俺らも調子乗って撫でまくって遊んだけど」
「という過去を幻狼に吹き込んだら面白いことになるだろうな……」
「ならんから。絶対ならんからあの止めてくださいほんまにお願いします……!」
 慌てて桓旺の手から逃れる。
 当代の頭には未だに何も明かせていない。そう簡単に話せることでもないのだが――。
「まあ、いつかは全部打ち明ける日が来るだろうが」
 見透かすように桓旺が言う。
 ぽん、と今度は攻児の肩に手を置いて。
「きっと大丈夫だ。何せ、あの魄狼が認めた男だからな」
 当代の頭――至t山の太陽。
 攻児だって解っている。例えば今、全てを打ち明けたとしても、幻狼ならきっと受け止めてくれるだろうと。
 先代のように力強く、大らかに。
「……せやね。きっと――そうなんやろうなあ……」
 いつか訪れて来るであろう未来に思いを馳せる。
 軟風がすうっと頬の傷を撫でて、去っていった。 
  
 
























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