赤い星の空
バイトからの帰り道を歩きながら、とりあえず相手の言い分を全部聞き終えた俺は、やっとのことで「はあ?」と返した。
正直に言うて全部聞いても俺には何の話かさっぱり解らんかった。電話の向こうの相手は疲れとるようで、小さく溜息を漏らした。
『せやから、すまんかった。堪忍してくれや』
親友であり同居人である男の情けない声を聞きながら、俺は呆然とした。攻児のこんな疲れた声を聞いたのはほんまに久しぶりや。前がいつやったのかも覚えてへんが。
「だから……何のことやねん。お前、何かしたんか」
『してはおらん。してはおらんが……ちょお、言い過ぎた気が……。なんちゅうか、あそこまで面倒な人やとは思わなかったんや』
面倒、と聞いて俺は眉を顰めた。ふと頭の中に特定人物が浮かび上がる。嫌な予感が全身を駆け巡った。
「……井宿か?」
『ピンポーン。正解者の幻狼君には現金百万円を遠くから眺める権利を与えま』
「要らんわ! なん、なんでお前あいつと会うとんねん」
『偶然はち合わせただけや。って、さっきも言うたやろが』
「人名を先に言え、人名をっ!」
まさか今まで話していた話題があいつのことやと思いもしなかった俺は、急激に焦った。しかも攻児は俺に詫びを入れとる。何かやらかした証拠やと思った。
「何やらかしたんやお前っ」
『あのねえ幻ちゃん、俺はお前に幸せになってもらいたいという一心でな、』
「はっきり言わんと帰ったらしばくぞ」
『井宿はんと口論した』
――こうろん?
平仮名で認識された音が漢字に変換されない。素直に「こうろん?」と聞き返すと攻児がまた溜息を吐いて、解り易いように言い直した。
『口喧嘩』
「表出ろや」
反射的に言い返すと、電話口の相手から『もう出とるわ』とのツッコミが入った。まだ家には帰ってへんらしい。
俺はわざと大きな溜息を吐いてやった。
「何しとんねんお前、何言うたんや」
『想像に任せる』
「できるかっ!」
『いやほんまに。色々言うた。っちゅうか、言い合った。手短に話すと、俺は――なんちゅうかつまりあの人にもうちょっとお前のこと真剣に見てやって欲しい、みたいなことを言うたんやけど』
俺は複雑な心境で親友の声を聞いた。はっきり言うて、嬉しいけど嬉しくない。あんまりあいつのことを刺激するようなことは言うて欲しくなかったからや。それが例え俺を想ってのことであっても。
『あの人がちょーっと自分の殻に閉じこもってぐだぐだ言うから、ちょーっと切れてもうて、ちょーっと挑発するようなことを口走った結果、ちょーっと……落ち込ませたような気がせんでもないですほんますんません』
俺はまたしても呆然とした。攻児がここまで素直に、しかも帰宅したら顔を合わせる俺に、家に着く前にわざわざ電話をかけてまで謝るっちゅうことは、ほんまにやらかしたっちゅうことや。
なんだか途方に暮れた。
攻児は頭ええけど、意外と短気や。そんで頭ええから手よりも先に口が出る。そんでその口の、言葉の暴力っちゅうのが、けっこうえげつない。ヤンキーとも不良とも縁のなさそうなあいつが攻児のバリゾーゴンをまともに喰らったら、ショックを受けるに決まっとる。ちゅうか俺でも怖い、本気で怒った攻児の言葉とその雰囲気は。
『……おーい。もしもしー、幻狼くーん』
「……なんや」
『怒っとる?』
当たり前やと言い返す気力もない。いや、気力がない時点で俺は怒ってへんのやろう。
俺は今、焦っとるんや。そして混乱しとる。何がどうしてこうなるんや、突然。
『あんな、幻狼』
急に攻児の口調が真面目になった。俺に殴られる覚悟でも決めたのかもしれん。
『制裁はあとでいくらでも受けるわ。けど今は井宿はんのとこに行って欲しいねん』
「あ?」
『あの人、今日か明日にお前に会うつもりやったんや。けど、俺と話した所為でお前と会う気失くしたかもしれん。……いや、かもやなくて確実に失くしたな、あの様子やったら。せやから行って会うて欲しいねん。井宿はんが考えすぎて最悪の結論を導く前に』
「……俺に別れ話する前に?」
何故か唐突にストーンと理解してしまった。けど、俺は自分で言うたことに自分で驚いた。
わ、別れ話? 冗談ぬかせや。
あいつがそんなに俺のこと好きやないことは知っとるし、関係を受け入れたのはしつこい俺に折れただけやっちゅうことも解っとる。嫌やと声を大にして言うのも面倒で、あいつは済し崩し的に俺を受け入れてしもたんやろう。俺はあいつの、その妙に諦めのええところに付け込んだんや。無意識の内に。
せやからいつ別れを切り出されてもおかしゅうない状況にはあった。何とかそれを回避したくて、俺はない頭を振り絞ってあいつとつきおうてたんやけど――。
『すまん』
何もかも覚悟しきったような親友の声が俺を正気に戻した。
とりあえずあいつに会わんと話にならんと思った俺は、井宿に会うてくると一言告げて携帯を切った。
俺は攻児を信頼しとる。攻児だけは絶対に裏切らへんと知っとる。せやから、攻児がわざとあいつを刺激したわけやないっちゅうことは解っていた。あくまでも結果的に、ちゅうことやろうから攻児を責めるつもりはない。それでも奴は責められたいと思うとるかもしれんけど。きっと悪いことをしたと自覚しとるやろうから。攻児は案外短気で切れやすいけど、根は義理人情に溢れたええ奴や。それは、解っとったから。
俺はあいつの家に向かって足を向けた。ここからなら電車で駅を三つほど越えれば着く。アポは取らん方がええやろう。行くことを知らせたら考える時間を与えることになる。
俺は頭をフル回転させて行動した。つまりそれだけ、あいつを失うのが嫌やった。男相手にえらい気持ち悪いなと自分でも思う。でもそうしたいんやから仕方ない。理屈でも感情でもない、本能が欲しとるんや。
しかも俺は最近、自分の新しい本能的な欲求に気づいた。どうやら側におるだけでは足りんらしい。自分の欲深さに思わず呆れる。けど、欲しいもんは欲しいんやと俺はすぐに開き直った。そうでもしなければ自分を支配する欲求に囚われて、気が狂いそうやったから。
俺の新しい欲求は、あいつに求められること――あいつに欲しがられること、やった。
せやけど現実的に考えてそれは不可能に近い。一応つきおうとるこの状況でも、あいつは俺に「好き」というたことすらないんやから。
せやけど、それでも欲しい。どうしても。
膨らむ欲求が俺の内側を圧迫して、外に出たがる。俺は懸命にそれを押さえつけて理性を保っていた。欲をそのままあいつに押し付けてしもうたら終わりや、それぐらい俺にも解る。せやから若さとか青さとかを理由にして突き進むような真似は、今の俺にはできんかった。あいつはそういう理由を理由として認めてくれんような気がした。
ほんまに大事なもんを手に入れると失うのがごっつ怖なる。せやから俺も慎重にならざるを得ない。こんなん自分らしくないて、解ってはおるけど。
電車に乗って十数分、俺は目的の駅に着いた。改札を出て走る。
攻児が具体的にあいつに何を言うたか解ってもいないのに、俺は何だかめちゃくちゃ焦っていた。あいつの扱いの難しさは、俺の身にも染みておったから。
七つ年上のあいつは年齢差を気にしとるようやけど、俺に言わせればそんなもん屁でもない。だってあいつは、自覚しておらんようやけど――周りが思っとる程、大人やない。それなのに大人ぶっていつまでも平気そうなツラして、感情も何もかも隠してしまうから、だから。
――ちゅうかそんなんしてる時点でガキ臭いやないか。
いつまで意地を張れば気が済むんや。やせ我慢も大概にせい。
――もっと頼れっちゅうねん……!
段々苛立ってきた。お前にとって俺はなんなんじゃー!、と叫びだしたい気持ちをぐっと抑える。ちゅうか本人にそれを言うたところで、帰ってくる答えはきっと沈黙なんやろうけど。そんな予想が簡単につくことに対して、少し落ち込む。
あいつを好きになってから俺は浮き沈みが激しすぎる。正直に言うてごっついしんどい。せやけど、それでも好きな気持ちは止められへん。粉々に砕け散るまで努力はするつもりや。
「あ?」
前を歩いていた何人かを追い抜いて、俺はぴたりと止まった。見知った顔を眼に入れたような気がしたからや。
振り向いてその姿を確認した時、俺は自分の動体視力に感心した。
「井宿」
あいつは――井宿は、茫然と俺を見上げた。現状がよく理解できておらんらしい。そりゃそうやろう。
俺は側に駆け寄って、よう、と出来るだけ軽く声をかけた。
「お前んとこ行くとこやったんや。すれ違わんで良かった」
「え? どうして……」
尋ねてくる井宿の顔色は青かった。血の気がなく、どこか不安げで頼りない。なんだか抱き締めてやりとうなったけど、流石に道の往来でそんな真似はできんかった。
ちゅうか何言うたんや攻児の奴……、と親友に対しての怒りが沸々とこみ上げてきた。とりあえず暫く食事当番は攻児に押し付けようと決心する。
「攻児から電話もろうて……あいつ何やアホなこと言うたんやって?」
固まっていた眼が少し揺れる。俺がその眼を見返すと、井宿は小さくそれを逸らした。
「詳しく言わんかったから何があったのかは知らんけど、すまん」
「え?」
「ダチの不始末やから。俺が謝るべきやろ」
当然のように言うと、井宿は困ったように眉を寄せた。俺の中では常識みたいなもんやけど、こいつにとってはちゃうんやろうか。
「立ち話もなんやから、どっか入らへん? ちゅうてもこの時間で開いてんの居酒屋かマクドくらいか。近くにあったっけ」
「いや……。公園ならある」
じゃ、そこにしよと言って俺達は歩き出した。ちゅうかお前ん家近いんやからそこでええやん、とも思ったけど口にはせんかった。井宿やってそんなこと解りきっとるやろうし、その上でこいつは「公園」と言うたんやから。
――つまり家には上げたない、と。
ほんま何言うたんや、攻児のアホ……。
遊具がほとんど取り外されて、砂場と鉄棒しかない寂れた公園に辿りつき、ベンチに腰を下ろした。途中にあった自販機で買うた無糖の缶コーヒーのプルトップに指をかける。プシュ、と弾ける音が夜の公園に響いた。
人も車も通らへん道沿いにある公園は異様に静かやった。何故か緊張して胸が高鳴る。その音すらも隣りに座っとる奴に聞こえてしまうんやないかと思って、俺はますます緊張した。
無音状態が嫌で何か言おうと口を開いたとき、井宿が唐突に声をあげた。
「攻児君は、なんて言っていたんだ?」
「へ? ああ……いや、具体的なことは何も。ただ、やらかしたかもしれんって。真剣に反省しとるみたいやったから、お前の様子心配したんとちゃうかな。……すまんな、ほんまに」
井宿は僅かに顔を上げて「いや」と答えた。買うた緑茶の缶を開けて一口啜る。ごくんと茶を飲み干す喉元を眼に入れて、俺は顔を逸らした。一瞬だけ眼に映った白い首筋がアホみたいに扇情的で、おおいに焦る。
「君が謝ることではないよ。攻児君も……。彼に言われたことを気にしているわけじゃないんだ」
「……せやったら、なしてそんな暗い顔しとんねん」
眼を合わせないまま尋ねる。
井宿がショックを受けとるのは確かやと思う。珍しく、愛想笑い一つせんから。ちゅうてもこいつ意外と、心の底から笑うことって滅多にないんやけど。
前髪に隠された見えない左目の色が、やけに暗い。
「自己嫌悪しているだけだよ」
井宿はぽつりとそう言うた。
なんで、と問う。井宿は少し黙ってから、小さく笑った。あんまりええ笑顔やないなと俺は思った。
「大人げないな、と思って」
「ええやん」
井宿の眼が俺を捕らえる。それは驚いたように少し見開かれていた。俺はその眼を、気に入っとるその綺麗な赤い眼を見返して、言うた。
「別にええやん、そんなん。誰も怒らんて」
「……嫌なんだよ」
井宿の視線がまた逸れる。左隣に座っとる俺は、横を向かれると井宿の長い前髪の所為で奴の表情が確認できへん。
「許せないんだ」
重くて低い声音やった。
他人のそういう声を聞くのは初めてのことやない。中学時代、地元で暴れとった時はよくそんな声を耳にした。そして多分、俺自身もそんな声を発しながら生きとった。
抜け出せないどん底におるような、出口のない暗闇を這いずり回っておるような、そんな絶望的な境地から発せられる苦い音。
俺は井宿が今までずっと苦しんできたことを確信した。そして今現在も確実に苦しんどることを、更にこれからも苦しみ続けるんやということを。
変化のない横顔をじっと眺める。
俺はこいつに何ができるやろう。何をしてやれる。こいつの苦しみを和らがせるためにはどうすればええ。
頭を振り絞って考える。考えるけど、答えが出えへん。人を慰めるための正しいマニュアルなんか俺の頭にはインプットされてへんねん。
井宿から眼を離して、俺は空を見上げた。満天の星空とはとてもやないが言い難い。けど星は幾つか見える。
「なあ、翼宿って何座やったっけ」
初めて朱雀七星とか二十八宿とかの知識を俺に教えてくれたんは井宿やった。よう理解はできんかったが、自分の腕に浮き上がる字は夜空に散らばる星に強い関係があるんやということは解った。それぞれの七星名が星座と対応していることも。
「確か、コップ座とうみへび座」
「お前は?」
「ふたご座だけど」
「見える?」
「ふたご座が正中にくるのは二月だよ。君のは……あれかなあ」
井宿が指差した先を見つめる。星座の形を知らんから、俺にはどれがどれだか、何が何だか区別がまったくつかんかった。
「よう解るな」
「星を眺めるのが好きだったから。七星士とも関わりがあるし」
だった、って過去形かい。
それでも振り向いた顔に先程の暗さは見えんかった。俺は満足して笑う。
「今、忘れとったやろ」
「? 何を……」
「自己嫌悪」
井宿の眼が見事に点になった。
その後、逸らされると思うた奴の顔は、俺の予想に反して真っ赤に染まった。
――えっ。
口元を押さえて、赤く染まった顔を隠すように俯く。僅かに垣間見えた表情は、必死に何かに耐えているようやった。それも多分、苦しみとか嫌悪感とかそんなマイナス方向のもんやないやつ。
何を耐える必要があんねんと思った俺は、思わず井宿を腕の中に収めていた。触れた体が強張る。けど力は徐々に抜けていった。
「なあ。……許せへんなら、許さんでもええって」
それは昔、恩師が俺に放った言葉やった。
「お前はお前のもんなんやから、好きにしたらええねん」
その言葉は何かを解決するような言葉やなかった。
せやけど、自分を認めてくれる、自分が何かに立ち向かっとることを、苦しんどることを解ってくれている――その言葉に、当時、おのれの能力に振り回されとった俺は泣きたくなるほど安心した。
ちゅうてもガキの頃の話やから、とっくに成人を越えたこいつにこの言葉が通用するかどうかはわからんかった。腕の中の存在はぐったりしとって微動だにせん。
暫く黙って井宿を抱き締めた。
本能はこいつから想われることを欲しとるけれど、そんなことを求めとる場合やないかもしれんと思った。それよりも優先したい欲求がある。それはこいつを幸せにしたいということ。いつでも心の底から楽しそうに笑えるようにしたいということ。
俺の欲望を満たすことなんか後回しでええんや。自分が満たされるよりも先に、大切な人を満たしたい。それが俺の幸せにも繋がるんやと、解るから。
不意に顔を上げた井宿が申し訳なさそうに笑った。幸せそうな笑顔には随分遠いけど、さっきの苦しそうなツラよりは大分マシや。
「もう十八日だ」
「は?」
「十二時を過ぎている」
そう言ってつけていたアナログの腕時計を見せる。確かに長針が十二時を回っとった。げっ、終電何時やったっけ。
「誕生日、おめでとう」
不意に投げられた言葉に眼を丸くする。意味が解らなくて、俺は数秒固まった。
――十八日? 誕生日? ……ああ。
「俺のか!」
気づいて声をあげると、井宿がぷっと吹き出した。俺の腕の中で楽しそうにくすくすと笑う。それを見て俺も心が温かくなっていくのを感じた。
「君のだよ。プレゼントがあるんだけど」
そう言うて下げていた袋から小さな黒い箱を取り出した。赤くて細いリボンがかかっとる。
「デパートでたまたま攻児君と会って、何を選んだらいいか相談に乗ってもらっていたんだ。店を紹介してもらったんだけど、攻児君が品物は俺が決めた方がいいって言うから、本当に直感で選んだんだけど」
いつもの落ち着きを取り戻した井宿を茫然と見下ろして、俺は黒い小箱を受け取った。嬉しいサプライズに何だか酷く感動してしもうて、その箱をじっと見やる。
「あ、……開けてええ?」
「ああ」
了解を得て、少々勿体無いとは思うたけど、俺は箱にかかっとるリボンを解いた。そして静かに箱の蓋を開ける。
中にあるものを確認して、俺はぽかんとした。
「……お前が――選んだんか?」
「そう、だけど……。気に入らなかったかな、似合うと思ったんだけど」
「そ、そうやなくてっ……ほんまにお前が選んだんか?! 攻児やなくて?!」
「ああ、俺が選んだんだ。それが、何か……?」
嘘やろ!、と俺は頭の中で絶叫した。
信じられへん、こんなことってあるんやろか。
「いや、俺……前からこれ、欲しかったんや」
俺の言葉を聞いて井宿も驚いとった。
箱の中に入っとったのは、赤いカラーストーンのスタッドピアスやった。
ほんまに、綺麗な綺麗な赤色の石。まるでこいつの眼のような。
「めっちゃ吃驚したあ……。こういうの欲しいて、攻児にだけは言うてたんやけど」
「あ……そうか。だからそれ選んだ時、凄く笑ってたんだ、攻児君……」
井宿が納得したように呟いた。まあそら笑うやろう、攻児やったら。
俺は井宿の肩を抱いて引き寄せた。
耳元で、ありったけの感謝の気持ちを詰め込んで囁く。
「ほんま、めっちゃ嬉しいわ。おおきに」
井宿は何も言わずに俺の背中に手を回した。それだけで、俺はげらげら笑いたなるほど嬉しかった。
せや、最初はこんなもんでええ。俺の本能からくる欲求はこれだけで充分に満たされる――。
それから互いの飲み物が尽きるまで、公園のベンチで話をした。飲み切った缶をゴミ箱に捨てていると、井宿が家に寄っていかんかというから、俺は何の迷いも見せずに頷いた。もう終電ないやろうし、ここからタクシーで帰るなんて御免や。勿論、即座に首肯した理由は、それだけやないけれど。
プレゼントされた黒い小箱をぎゅっと握り締める。
あいつの家に着いたらまずこのピアスをつけて、贈り主に披露してやろう。
俺はそう決心して、輝きを増した星空を見上げた。
080418